X-MARKING-WHITE 部分
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X-MARKING-WHITE / キャンバスにインク、F100 1991
モチーフが全く無くなった時期があった。何を描くか対象物の喪失だ。人や風景や何かを描きたいという欲求が無くなったんです。ただ描きたいという気持ちはあるんです。美術史を考えると私だけではないと思います。こういうタイプの有名作品は実はたくさんあります。またこういうタイプにもまたたくさんのタイプがあるんです。ややこしい話は置いといて、すごく苦しかった時期がありました。描く対象物がないのに何かを描くという行動に駆り立てる要因、概念を何か一つ決めようと、とにかく思いました。その時は思い悩んで苦しいよりは単調な作業を苦役のように長い時間費やす方がまだ良いと思ったのでそういうこと(根詰め絵画とでも)に決めました。でそのエレメント(作業対象)は何か?美術史上、今までに描かれて無いものがそう簡単にありはしない。私のそれまでの絵はかなりいろんな符号を用いていて、中でも単純な符号Xをあくまで描き続けることにしました。バツやペケといわれながらもしかし+はブライアンクラークがすでに使っておられますので、Xをマーキング(ばみり)だということにして納得しました。しかし実際にやってみると端から文字入力のように改行しながら描きはじめても数十分、大きな画面でもたいしてかからず、折り返して下から戻ったり、小さいXをびっしり埋めても苦役とまでいえる作業量は無く体力的に不完全燃焼です。しかし手の速い動きや筆の息継ぎ絵の具の濃淡、揺らぎなどが無意識下に働き私自身の行なった結果が痕跡となり、予想しなかった綾の妙などが現れたりすると、どうもこっちを追求するのが本当なのだろうと思ってしまいます。
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